にっきもどき。

ちんぽから社会問題まで広く扱いますが日記らしい日記はひとつもないらしいです。現場からは以上です。

くまのプーさんがいい。

「俺プーさんになるんだよ」

 

大阪へ向かう車の中、同乗している友達が突然言い出した。気が触れたかと思ったがどうやら職場のクリスマスパーティーでそういう催しがあるらしい。

 

「ちょっと練習しないといけないんだよなぁ…」

 

そういっておもむろにプーさんの声真似をし始めた彼を見ながら、ふと昔のことを思い出した。

 

あれは高校2年の夏休み直前の学級会だった。今日の議題は文化祭の出し物を決めることだ。少し早い気もするがうちの高校の文化祭は10月1週目の土日に開催される。夏休み前が終わって実力テストや追試だったりを考えると時間があるようで意外とない。実際に動き出すのは休み後になるケースが多いが劇やダンスなど練習や準備に時間がかかるクラスは夏休みに数回集まってちょこちょこ準備を進めてたりする。

 

それに、体育館や野外ステージの出順、模擬店の出店数など、全てに限りがある。3年生の催しが優先されるがそれ以外のクラスはかぶりが出たら実行委員による抽選で決定される。締切は夏休みの前後に設定されており、抽選に漏れたクラスは夏休み後にもう一度決め直すことになる。たこ焼きなどの人気の模擬店が被った場合は、模擬店確定で、内容変更を求められる。何にしろこの最初に締め切りで何かしらの方向性を見いださなくてはならない。

 

我がクラスはとてもじゃないが統率が取れているとはいえなかった。野球・サッカー・バスケと運動部御三家の煩型を始め、学年でもとびきりデカイ派閥の女子グループ、お笑いマニアに偏屈な文化部など動物園みたいな面々が揃っていた。そして僕はなぜかそんなクラスの学級委員を務めていた。

 

なんだ?クラス替えはあれか?くじとかで決めてんのか?もしくは飲み会でノリでいった「ぼくのかんがえたさいきょうのくらす」が採用されたんか?それくらいハチャメチャなクラスだった。

 

案の定、その会議は大荒れした。煩型たちが騒ぎ倒し、女子たちはどこか気だるそうに冷ややかな視線を送り、帰りにマクドに行くか、それともプリクラを撮るかなんてことを話している。それ以外の男女は苦笑いを浮かべ、クラスの陰の者たちは「私達は石です。」と言わんばかりに身を潜めている。

 

いじめがあるわけではないがどうしても学校というものは自然とヒエラルキーが産まれる。こういうのは上位に属している人間が、やろうぜ!と乗る気にならない限り、前に進まないものだ。

 

会が始まって10分、まだまともな意見が出ていない状態だった。それどころかクラス全体にはめんどくさいことをなすりつけ合う、そういう空気が流れていた。

 

その空気を変えたのは担任だった。

 

「みんなが決めないなら先生が決めるよ?いいの?」

 

家庭科担当の山田(仮名)先生がそういった。小柄でおかっぱ頭、頭年齢は公表しないという一昔のアイドルみたいなことを言ってる人だが、完全に座敷わらしだ。それでも、それなりに年はいっているはずなので教師経験も相当なものだろう。担当科目でもある家庭科の知識を活かして変わった模擬店の提案でもしてくれるのではないか?

 

もし、そうならばそれはそれでいいなと思った。生徒たちの自主性を促すためにもなるべく黙っておこうとしていたのだろう。普段おしゃべりな先生は、それまで一言も喋らなかったのだ。これはきっとよっぽどの案があるに違いない。全員の期待値がみるみるうちに上がっていく。

 

それに、個性の塊とはいえ皆同じ高校2年生だ。学級委員の力不足でこのクラスはまだまとまってはいないが、この日を境にクラスがまとまっていくかもしれない。当時はごくせんが流行っていたこともあり、クラスの一体感というものにおそらく全員が憧れを持っていた。

 

「や、ヤンクミぃ…」と声が出そうになった。

 

他校のヤンキーにボコられたところを助けに来たわけでもない。ただの文化祭の出し物を決めてるだけだけど。

 

クラス全員の期待に答えるように先生はいった。

 

「ステンドグラスなんてどうかしら!素敵だと思うの!」

 

 

ヤンクミ!?

 

 

どうした?え?なんだって?す、ステンドグラス??あの教会とかにあるあれですか?え?なに?みんなでガラス細工作るの???え????

 

先生曰くどうやら、黒い画用紙とカラーフィルムを使ってステンドグラス風の作品を作って展示を行うのはどうだ?ということだった。

 

たまったもんじゃない!最初にいったが今は高校2年生だ。高校2年生といえば、人生で一番おもしろいと言われてる時期だ!文化祭だって何回もできることじゃない。それがステンドグラス?展示?まさか!

 

ざわ…ざわ…クラス全体が一気に重くなる。天から伸びる蜘蛛の糸は一瞬に切れてしまった。そして、全員が思った。「これは、どうにかしないといけない…」クラスが一つになった瞬間である。

 

そして、その重圧は学級委員にのしかかる。お前がなんとかしろ。違うんだ。こういう団結は求めてないんだよ。もうだめだ。なんとかこのまま会を引き伸ばしてうやむやにするか、すっぱり諦めて夏休み後の締切に委ねてしまうか…そんなことを考えていた。

 

そしてその時であった。僕の友達が立ち上がったのだ。軽音楽部でもある彼は、文化祭は忙しいはずだ。なのに、彼は劇をやりたいから脚本を書いてくるというのであった。ステンドグラスか劇か。どちらにせよ、準備は大変だ。しかし、このクラスは可能性に満ちている。もしかしたら、面白いことになるかもしれない。だったら、その可能性にかけてみるのはいいんじゃないか?そう思った僕は、強引にその案ですすめることにした。

 

結局内容を見てみないと決められないという最もな意見が出たので、土日明けの月曜日に台本を書き上げてくるからそれから判断するとなった。

 

週明け、二度目の会が始まった。

 

彼が書いてきた桃太郎の学園版であらすじはこうだ。

 

主人公である吉備桃子は鬼瓦高校に通う2年生だった。その学校には鬼と呼ばれる体育教師がいて、事あるごとに体罰を繰り返す極悪教師だった。その傍若無人な様に生徒たちは嫌気がさしており、何やら黒い噂もありどうやら学年の積立金を使い込んでいるらしい…体罰はあくまでも教育の一環あることを主張し、どうもしっぽがつかめない化け狸。その鬼の不正を暴くために、友人の武田犬太(たけだけんた)と猿川久美子(さるかわくみこ)と共に新聞部に入部し、記事(きじ)を武器に戦う。

 

事前にこれを見ていた俺はいける!と確信していた。

内容も結構おもしろいし、実際嫌な体育教師が学校に居た。こいつをモチーフにしてることは丸わかりで先生いじりは定石だ。学校という舞台であれば衣装を作る手間も省ける。どう考えてもいける…

 

しかし、その自身は全くの期待はずれに終わった。

 

クラスのみんなはこの内容では納得しなかった。いや、むしろ劇をするという行為自体に嫌気がさしてるようにみえた。この土日で劇の練習を行うこととステンドグラスを作ることを天秤にかけたのだろう。何よりステンドグラスであれば、当日はどフリーだ。2日間まるまる遊んで過ごせる。

 

そして、結局その煩わしさが勝ったのだ。

 

我がクラスの出し物は「ステンドグラス」に決まった。

 

こうなればもう後の祭りだ。後は、なにをモチーフにしてステンドグラスを何を作るか。ということが議題となった。確実にクラスの指揮は下がっているが知ったこっちゃない。

 

全く意見が出ないまま、気まずい空気が流れる。今この場で心躍ってるのはうちのヤンクミだけだ。「みんなの学校での日常を写真に収めてそれで作るのはどう?」とか言ってる。ウキウキだ。もうどうにでもしてくれ!そんな気持ちだった。

 

そして、今まで全く意見を発しなかった女子グループの一人が叫んだ。

 

「プーさんがいい!」

 

 

「プーさんがいいよー!」ワキャキャ

 

なぜかめちゃくちゃ盛り上がってる。なんでそんなに盛り上がってるんだ?くまのプーさんで盛り上がるくらいお前ら青春謳歌してるんか?ステンドグラスだぞ!?プーさんのハニーハントじゃないんだぞ!?わかってんのか!?

 

その盛り上がりも虚しく、なぜかまたしてもヤンクミの意見が採用され「みんなの学校での日常」でステンドグラスを作ることになった。

 

なんで?

 

会が終わり「えー、プーさんがよかった。」と口々に彼女たちは帰っていった。

 

 

 

この話には続きがあるがまたそれは別の機会にするが、それ以来くまのプーさんを見たり聞いたりするたびにこの話を思い出してしまうのだ。

 

声真似の練習も気付けば終わっており、僕らは適当なSAに入り休憩することにした。

 

「プーさんがいい!」

 

おみやげコーナーで少女がパパにおねだりをしている。どうやら、プーさんの人形が売ってあってそれがほしいらしい。パパは冴えない中年男性で、絵本を片手に「家にあるからこっちにしなさい!」と声を荒げている。

 

「プーさんがいい!」

 

「こっちにしなさい!」

 

二人の応酬は続き、結局わがまま言う子には何も買いません!と最終奥義を披露し、絵本を買ってもらうことになったらしい。正直、もっとご当地らしいもん買えよと突っ込みたかったが勝手知ったるなんとやらともいかないので黙って見守ることにした。

 

納得いかない表情を浮かべながら少女とお父さんは俺を横切って駐車場へ消えていった。買ってもらったのは、どうやらシンデレラの絵本だったようだ。あぁ、俺たちもシンデレラにしたらよかったのかなぁと、戻らない過去の出来事に思いを馳せた。

 

青春は一瞬だ。魔法のような時を過ごしていたはずなのに、その時はなぜか気付けない。投げたボールは放物線を描いて地面に落下し、勢いそのままに遠くまで転がってくしかないのだ。そして、残った後悔の念は蜘蛛の糸のようにまとわりつく。それを背負って生きていくもんだ。

 

どちらにせよ魔法がとけたおじさんには関係ない話だ。お土産用にご当地のはちみつを購入し、外で眠気覚ましのコーヒーを飲むことにした。

 

空はどんよりとした雲が立ち込めている。まるで俺の人生のようだ。

 

あぁ、青春なんてこりごりだ。きびだんごも、カボチャの馬車もガラスの靴もいらない。叶うなら仕事をせずに遊んで暮らしたい。

 

「あー、俺もプーさんが良い」

 

fin