にっきもどき。

ちんぽから社会問題まで広く扱いますが日記らしい日記はひとつもないらしいです。現場からは以上です。

梅田の夜は長いから

「23:50発 大阪メトロ御堂筋線なかもず行」

 

この電車に乗れば家まで帰られる。正確にはなんばで降りて「00:10発 南海高野線区間急行 三日市町行」に乗ればの話だが。

 

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ここは大阪梅田。大阪の第一セクターとも言われ、地下は迷宮、ダンジョンと比喩され地方からやってきた何人ものかっぺ共を地獄に葬ってきた。

 

大阪駅前の工事はあっちこっちと場所を変え、永遠に続くのではないかと錯覚させるほどに終点が見えない。しかし、着々とその成果は出ており、街全体は見違えるほどに綺麗になっていた。

 

大阪駅の上階にある時空の広場から眺むグランフロント大阪なんかは、東京への敵対心を感じさせるセンセーショナルな創りになっている。そこから見えるうめきた広場と呼ばれるエリアにはビリケンさんもくいだおれ人形もいなくて、なんかよくわからないでっかいくまの人形が空を見上げて座っていたりする。

 

ヘップ前は「渋谷の109」、茶屋町は「青山・表参道」、北新地は「新宿ゴールデン街」、東通りは「赤羽」、中崎町は「下北沢」、そして大阪駅周辺は「有楽町」。別にそう呼ばれているわけではないが、少し歩くだけで街はその色を一瞬にして変えてしまう、そういう街だ。

 

こうしたルールなしの無制限デスマッチみたいな街づくりには大阪に住む人々の民族性が 大きく影響している。

 

それは「東京VS大阪」の歴史である。

 

子供の頃からずっとこの6文字を見て育った。一体誰が何と戦っているのかはわからないが、その虚像は常に東京に対するライバル心を燃やし、実態のない使命感を背負い大阪府民は疑いもせずに戦ってきたのだ。それは実際阪神対巨人であったり、西の高校生名探偵VS東の高校生名探偵だったり…手を替え品を替え様々なメディアで比喩されてきた。

 

その結果が、大阪を、いや梅田をこれほどきれいでごちゃごちゃした街に作り変えてしまった。まるで好きなものだけ集めた食べ物のように。

 

そうか、街全体が大きなお好み焼きなのだ。豚肉も、イカも、エビも、キムチ・チーズ・ネギも…なんでもありのミックスモダンな街なんだ。なんなら福島も天満も、淀川を越えて西中島も新大阪も入れても良いかもしれない。

 

だがしかし、ここに心斎橋や難波は絶対に入らない。

 

なぜなら、大阪の本当の戦いは別にあるのだ。東京VS大阪はあくまでもカモフラージュに過ぎないからだ。

 

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華の金曜日。俺はそんなキタと呼ばれる第一セクターで呑んでいた。

 

時計が23:00を回ると少しずつだが飲み屋から人が居なくなっていく。別に神隠しにあったわけでもないし、4つ集まって消えたわけでもない。終電が近づいてきたからだ。

 

希望と喝采、自由と開放、田酔とゲロ。先程までたくさんの人で活気づいていた店内が嘘のように、静かになっていく。また一組、会計を済まして退場していく客を見送ると、店員はテーブルの上を片付けてせっせと拭き掃除を始める。

 

 

「もうそろそろ僕たちも帰りましょう~」

 

後輩Aが宴の終焉を告げる。

 

「いや、カラオケ行きましょうよ!」

 

後輩Bが冗談交じりに提案する。

 

「うるせぇーお前らはまだ帰れんだろうがー」

 

 俺はもう水の味しかしないレモン酎ハイを飲みながら声を張り上げた。もう飲めないわけじゃないし、もう遊べないわけじゃない。いや、むしろ飲み足りないし、遊び足りない。でも、俺は帰らなければならない。終電があるからだ。

 

現在の時刻23:15。ラストオーダーはもうずっと前に終わっている。カラオケに行くなり、酒を求めて別の飲み屋に行くなりいくらでも手段はあったが時を逃した我々はまだ動けずにした。会計を済まして駅まで歩くとしても5分もあれば充分だろう。

 

ちなみにこいつらはここから歩いて帰れる距離に住んでいるので終電という概念はない。なのでこの場において何をするにも決定権があるのは俺にある。こういう場面は一度となく経験してきた。そして幾度となく圧倒的な強い意志で終電を選んだ。

 

ただ、最近は違う。3回に1回は終電を逃してしまい、朝まで過ごすことが増えた。なんていうんだろう、どこか寂しいのだ。30歳を過ぎた辺りから、活気あふれるきらびやかな街から離れることが、最終電車に揺られる時間が、寝静まった実家に帰るのが、寂しくてたまらないんだ。

 

終電まであと35分。時間は状況によって立体的で複雑な味わいを与える。オリンピック100m走決勝戦では1秒という僅かな時間は選手にとって命よりも重く、電車に1時間揺られるとしてそれが恋人に会いに行くのと謝罪しに行くのでは雲泥の差だし、漏れそうな時のトイレの待ち時間は永遠より長い。

 

そして今から過ごす35分間は毒にも薬にもならないデッドスペースみたいなもんだ。

 

もし俺もこの辺に住んでいたらなぁ。カラオケに行くにしても飲みに行くにしても1時か2時には解散すればいい。夢のようだ。全員がWin-Winだ。

 

でもそれができない。そんな時間までいたら漫喫も、カプセルホテルもどこも満室だ。それに予算にも限りがある。何度も何度もこいつらの家にお世話になるわけにもいかない。

 

なら早く引っ越せば良いんだが、それがなかなかできない。

 

それはなぜか。

 

あなたは「キタVSミナミ」という言葉をご存知だろうか。

 

一般的にキタが梅田、ミナミは難波を指す言葉であるが、関西ウォーカーるるぶなど多数の情報誌で、この2つは常に対決し続けている。実はここには海より深い大阪府民の縮図が示されており、それは大阪全土を巻き込んだ不毛な戦いへとつながっていく。

 

 

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ここで考えてみよう。 

 

他県からみた大阪のイメージはどういうものだろう。

 

お笑い、アニマル柄の服をきたおばはん、通天閣やかに道楽といった典型的ななにわのシンボル、だんじり祭りや「どつきまわしたろかい!」といったどぎつい河内弁、とにかく下品でケチでうるさくてあめちゃんをくれる。そんなイメージを持ってる人も多いだろう。

 

このイメージは全部大阪南部で成り立っている

  

そう、大阪にはとてつもなく大きなヒエラルキーが存在してるのだ。それは本町を中心に北に上がれば上品で、南に下れば下品になることだ。梅田に比べて、難波はコテコテなスポットが多い。よしもとの劇場の総本山も難波だし、カーネル・サンダースが投げ込まれたのも心斎橋だし、通天閣がある新世界も全てミナミに位置している。

 

そしてそれはその先にあるそれぞれの市に影響を与える。

 

大阪の北部には北摂と呼ばれる高槻・茨木・豊中といった大阪での住みやすいランキング上位を占める人気エリアが存在する。それらの市は多数の有名スポーツ選手、芸能人を排出しており、また太陽の塔があることで有名な万博公園がある吹田市北摂に属している。さらに、神戸や京都といった関西の人気スポットに隣接していることもあり、盤石の布陣を敷いている。

 

一方大阪南部は、乱暴な河内弁を操り、日本のダウンタウンとも言われる西成区が存在し、北部の人間からは堺市から南は和歌山県扱いされている。南海本線に乗ればだんじり高野線に乗れば古墳だ。京都と神戸と比べられると、なぜかとても負けた気持ちになる。

 

東京から大阪へ行こうものなら、新幹線なら新大阪、飛行機ならおそらく多くの人が伊丹空港に着く。どちらも一番近いのは梅田であり、きっと誰もが「大阪も案外普通じゃん。もっとコテコテした町だと思ってたよ。」なんて言うに違いない。

 

違うんだ。

 

本当の大阪はそこから更にミナミに下れなければならない。「あれ?梅田にグリコの看板があるんじゃないの?」なんて寝ぼけたことを言ってる場合じゃない。あれは心斎橋だ。

 

ウキウキ気分で、西九条で降りてUSJに行ってる場合じゃない。

 

そのまま環状線を南に進んで、新今宮まで行くと良い。

 

本当のUSJ新今宮にある。

 

U(嘘みたいに)S(酒臭い)J(じじいがいる街)

 

これが新しい大阪の新定番であり、本質は全てこの街にある。

 

何度もいうが、梅田は第一セクターだ。そして難波は第二セクターである。つまりこれは東京VS大阪と同じであり、勝者が決まっている戦いなのだ。キタがより優れており、ミナミは劣っている。ミナミは観光地であり、住む場所でない。そういうヘイトさえも産まれている。

 

子供の頃から大阪南部で育った俺は、北の人間との交流はほぼなく、大阪の縮図を知ったのは社会人になってからだった。ある日突然、北摂のやつにデカイ顔された時は、なかなかショックを受けた。

 

そうして社会人になって8年目。未だにキタエリアへのコンプレックスを克服できず、なかなかこの梅田付近に引っ越せないでいる。職場も近くなるし、遊びも出会いだって幅が広がるしメリットしかないはずだが安いプライドがそれを邪魔しているのだ。

 

俺にとってキタは恨むべき対象でもあり、あこがれの街でもある。そんな街から離れることが怖かった。

 

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時計は23:30。

 

この辺りから時の流れはギアを上げて異常な速度で進み始めることを俺は知っている。決断のときがすぐそこまで迫っていたが心は決まっていた。

 

今日は帰ろう。連日の仕事の疲れもあるし、なんだか今日は街が眩しい。

 

伝票を持ち、レジに向かう。うだつの上がらない俺はきっちり割り勘で会計を済ませ、後輩二人と別れを告げた。

 

「00:10発 南海高野線区間急行 三日市町行」

 

混み合う車内に無理やり体を押し込み、定刻通りにドアが閉まり、電車は進み始めた。車内にはアルコールと一日分の体臭の匂いが立ち込める。終電で最も辛い時間だ。

 

難波を過ぎ、新今宮でまたさらなる乗客を乗せるためにドアが開く。

冷たい空気が車内に入り込みモワッとした匂いから一瞬だけ開放してくれる。

 

何やら外が騒がしい。

 

わしがなにしたっちゅうんじゃ ◎$♪×△¥○&?#!

 

何やら男性が叫んでいる。

 

俺は空手100段やぞ!お前なんかぶち◯して ◎$♪×△¥○&?#!

 

見てみると改札前でおっさんが駅員3人に取り押さえられている。

 

片手にワンカップを持った嘘みたいに酒臭そうなじじいだった。

 

なかなかショッキングな光景だが、こんなことよくあることだ。ドアが閉まり、じじいの声は聞こえなくなった。「終電なんてこんなもんだよな」と誰かが慣れたように話している。少し笑い声が聞こえた。今日も大勢の人を乗せて南海高野線は静かに南へ下る。

 

大阪の南部はガラの悪さから治安が悪いと思われがちだが、実はそうでもない。人の多さからキタの方が実は治安が悪かったりする。ただ、南部はその分パンチがある、それだけだ。

 

あこがれの街「キタ」。もしかしたら永遠にあこがれのまま終わるかもしれない。それでもいいかなと思った。

 

今の俺に必要なのはあこがれより安心だった。

 

じいさん一人が暴れただけで微動だにしない。名前も知らない人たちの強い心に励まされた。いいじゃないか、何処に住んでたって。大阪の南部も捨てたもんじゃない。俺はそう思ったんだ。

 

 

 fin

 

 

 

 

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by リクルート住まいカンパニー