菜の花が咲き誇る場所で
春は花の季節だ。寒い冬の終わりを告げるように、春は暖かい風と色彩豊かな花々と共にやってくる。
ピカピカのランドセルを背負う小学生、少し大きめの学ランを着た学生、スーツが馴染んでない新社会人、春風は心地よく人と人の間をすり抜けていく。彼らの素晴らしい未来を祝福するかのように今日も桜の花びらを舞い上げながら。
世間がフレッシュな空気に包まれる中、今日もたくさんの憂鬱を背負って俺は駅に向かって歩いていた。
春の加護を受けてから何年経っただろう。
彼らを見て、一瞬だけ背筋が伸びてたとしてもすぐに元に戻ってしまう。スーツが馴染んだ分だけ、失ったものは多かった。それでも今年の俺は少しだけ心が軽かった。
春は花の季節だ。
駅近くに、桜の木が植えられている。さしずめ桜の通り抜けとでも言おうか。桜の通り抜けは、この春の僅かな間だけ俺の心に少しの余裕を癒やしを与えてくれる。
その道の終わりには、とても小さな畑がある。「ある」ということだけで対して気にも留めてなかった。いつも何が植えられているが注意深く見たことは一度もなかった。しかし、今年はとてもきれいな菜の花が植えられていた。
黄色く染めたその肌は、桜に比べると多少派手に感じるが、2つのコントラストは春の訪れを強く意識させ、私の心を豊かにした。
桜が散ってしまった後も、菜の花はイキイキと咲き誇りいつも私に元気をくれた。
菜の花の花言葉は「小さな幸せ」。まさに今の俺にぴったりだ。
その日は会社の飲み会だった。同僚と二軒目に行き気付けば終電を逃してしまった。行くあてもなく夜の街をさまよい、結局カラオケにたどり着いた。
朝までなんとか歌いきり、始発を目指して外へ。どうやら夜の間に大雨が振ったらしく、アスファルトのくぼみにできた大きな水たまりがそれを証明していた。
電車の中で、菜の花のことを考えていた。
見る限り相当な量の雨が降った。もしかしたら、この雨で花びらを落としているかもしれない。心配になった。もし君がいなくなったら、月曜日からどうやって生きていったら良いんだ。
地元の駅にたどり着き、改札を抜け、桜の通り抜けへ急ぐ。
畑に近付くにつれ、足取りは更に加速していく。
菜の花は…
そこには立派なネギが植えられていた。
菜の花は見る影もなく、青々としたネギが天高くそそり立っていた。
あまりの衝撃に爆笑してしまった。
何度も言うが、春は花の季節だ。
ネギの花言葉は「笑顔」。まさに今の俺にぴったりだった。
fin