てきとうなつくりばなし~イモ科イモ属~
「おあとがよろしいようで。」
落語が終わり、演者が席を立つ前の挨拶として使われるこの言葉が好きだ。
別に熱心に寄席に通ってるわけでもないし、なんなら「時そば」とか「芝浜」とか有名なものしか知らないけれど、なんとなくこれを言えばオチがついたような気がする。
そんなしょうもないことが好きの理由だ。
今日の晩御飯はおでんだった。
我が家では3回に1回くらいのペースでじゃがいもが入っていて、今日はその日だった。
じゃがいもがないときは、練り物の種類が増えてたり、タコが入ってたりする。
鍋のデカさにも限界があるので、彼らはローテーションを回されるのだ。
日持ちしないからほかは明日でも良いけど、じゃがいもだけは食べてほしいと嫁さんに言われて、適当に具をつまみながら鍋の底に眠るお宝を探していた。
鰹と昆布で取られた出汁は、今では練り物や鶏肉、卵や大根、その他具材が加わりその透明はすでに旨味で濁っていた。
なので、おたまを突っ込みすくいあげるまでなにが出てくるかはわからない。
おたまの縁で、大根を切断してしまわぬよう優しく丁寧にすくい上げる。
何回か繰り返すと、とうとうお宝とご対面することができた。
それはまさにお宝であった。とにかくでかい。
それはとてつもなくじゃがいもだった。
卵の4倍くらいはあるのではないか?わたしの拳くらいの大きさである。
なによりなんでこいつはまるまる一個そのまま入ってるんだ。
大根や人参といった野菜はもちろんのこと、練り物ならちくわやひら天は、食べやすいサイズに切り分けられているのに。
普通こういうのは、出汁がしみやすいように、いや、というか食べやすいように切り分けてくれよ。細かく切って明日に残ってしまうことを避けたのかとは思うがあんまりだ。
おたまでじゃがいものをすくい上げ皿に入れる。
他の具材に押しつぶすように皿に投入されたそれは、圧倒的な存在感を放っていた。
そもそもじゃがいもは大きさの振り幅が大きすぎる気がする。
じゃがいも、たまねぎ、にんじん。
スーパーで〇個100円で売ってる野菜三銃士を思い出しても明らかだ。
それにじゃがいもは品種も多すぎる。
定番で言えば、男爵、メイクイーン、新じゃがいも。
インカのめざめ、インカのひとみと古代魔法みたいなものもあれば、
ニシユタカ、キタアカリはもろ漫才コンビだし、
ひかる、はるか、マチルダ、シンシアはなんだ、作ったやつの嫁さんの名前か?
普通覚えられない。農家の人や植物を先行してる学者先生ならまだしも、一般人にはメイクイーンとか男爵で手一杯だし、インカのめざめを知っていれば成績表にAをあげてもいい。
ただこんなに種類もあるのにも関わらずじゃがいもとひとくくりで読んでしまって良いのか?さすがに我々は乱暴すぎるのではないか?
救急車も消防車もパトカーもバスもタクシーもみんな車です!といってるようなもんじゃないか。こんなに種類もあるんだからそれぞれに特徴や形があって、おすすめの食べ方があって…そう考えるとじゃがいもなんて呼ぶのは失礼じゃないか。
なにが野菜三銃士だ!別格だ!
じゃがいもはもっと高貴な食べ物であるべきなんだ。馬鈴薯と呼ばれるときは、異世界転生した世界で飢饉を救ったり、居酒屋を経営してエールと一緒にフライドポテトにして食べて食文化ぶち壊したり、とにかくちやほやされてるんだ!
それぞれに個性があって、もうこいつらはでかい家族なんだよ。
イモ科イモ属は、今日から北島ファミリーと呼ぶことにしよう。石原軍団でも良い!
うん。それがいい。きっとそれがいい。
でかいじゃがいもを平らげて、張った腹を擦りながらそんなことを一人考えていた。
食後、少し休んでから風呂に入ることにした。
野菜三銃士と北島ファミリーのくだりは我ながらなかなかよかったなぁなんてことを考えてながら、体を洗って湯船に浸かってにやにやしていた。
髪の毛を乾かして、リビングでぼんやりしてるときにもやっぱり北島ファミリーのくだりよかったなぁと思った。
ここまで自画自賛するということはきっと他の人もそれを認めてくるんじゃないか。
客観性もなければ、ソースもないが、まぁ気の知れた中だ。
スベっても死ぬわけじゃない。私は嫁さんに言ってみることにした。
「今日のおでん美味しかったね。」
「あら。それは良かったわ。あなたおでん好きだもんね。」
「じゃがいもってさ、種類もたくさんあるし、それぞれ個性もあるのよ。だからもうじゃがいもは植物学的にも特別な存在であるべきだと思うんだ。」
「ん??なんの話??」
「だから、イモ科イモ属なんて言い方はもうやめて北島ファミリーって呼ぶことにしようと思うんだよ。どう?これ面白くない?」
「え?どうしたの急に」
「だから、イモ科イモ属なんてダサい固定概念は捨てて、北島ファミリーって呼ぶっていう話だよ」
「よくわかんないけど、じゃがいもはナス科ナス属だよ」
「……え?」
「ナス科ナス属よ。私農業高校出身だから」
「こりゃとんでもないことをふかしちまったな……」
おあとがよろしいようで。
fin