にっきもどき。

ちんぽから社会問題まで広く扱いますが日記らしい日記はひとつもないらしいです。現場からは以上です。

「お父さん」「飲みすぎ」「やめときましょう」

プシュッ 

 

気持ち良い音を立てて誰かがプルタブを空ける。

 

電車の中で。

 

音のする方向を見ると30代くらいの男性が、スマホをいじりながらその腕で缶を固定して余った手でプルタブを空けていた。物はストロングゼロだ。

 

その慣れた手付きは、さながら家の中のようで完全に自分の世界で行われていた。

 

電車内で缶の飲み物を飲むこと自体かなりの難易度だが、更にそれに加えてアルコールときたもんだ。最終電車一個前、それほど混み合ってはいないがそれでもカオスな雰囲気が音と共に車内に駆け抜けていく。まさにケミストリー、まさに融合。1+1で200だ!10倍だぞ!10倍!

 

蓋付きじゃない飲み物はここ10年くらいで一気に市民権を失った。図書館などの公共施設はもちろん、学校やオフィスなど、蓋付き以外は飲み物は禁止されてるのがほとんどだと思う。

 

紙コップなんかは、蓋付きが当たり前になってきた。子供の頃、いつもダイエーの外に設置されてる紙コップの自販機でジュース買ってもらってたけど、あれももう漫喫とかパーキングエリアくらいでしか見なくなってきた。

 

結局、ペットボトルが優秀すぎて選択肢の中に缶が入ってこない。飲みきらなくてもいい、これ冥利に尽きる。350mlとか飲みきったらもう便所ですわ。次点でこれまた紙パックのストローさせるタイプ。で缶と続くけど、350mlとか飲みきれる気がしないし、缶コーヒーですらもう似たような値段で500mlのペットボトルがあるからそっちを選んでしまう。

 

となると缶ジュースは同じ500mlでもペットボトルに勝てる気がしないから、値段を下げるしかなくて、自販機でも120円とか安く販売されることになる。でもそういうのって、家に帰ってから飲むから結局外では空けない。

 

じゃあ缶空けるときっていつ?

 

それはもうもれなく酒。缶ビール、缶チューハイは未だ市民権を得続けている。ペットボトルのお酒ってあんまり売ってないよね。缶もしくは、瓶。花見とか夏祭りとか持ち込みするイベントではもうそこらかしこでぷしゅぷしゅ言ってる。打ち上げられる花火の数より多いくらいぷしゅぷしゅ。

 

じゃあ日常生活で人が缶の空ける音を聞けるのはどこ?

 

外であの音を聞こうと思ったら基本的に今から飲みきる人間を探さないといけないので、自販機の前やコンビニのゴミ箱の近くにいる必要がある。でも用もないのにずっと居続けるのも厳しい。これからどんどん寒くなるから更に厳しい。

 

 となると実はそのサウンドを耳にすること自体、結構レアだったりする。

 

 

だから、今目の前でストロングゼロのプルタブを「プシュッ」と空けたことはかなり目立つ。サウンドがチョー気持ちいいんだけど、ただその分「やべえやつが現れた感」はかなり増す。こんな場所でこんな音が!?!?感だ。

 

不回避的なシンボルエンカウントはえぐい。

 

経験上、こういう輩には絡まないほうが良い。彼らは酔ってるだけで、別にただそれだけだ。電車内で酒を飲む行為自体がすでにやばいんだけど、それでもまだ理性はちゃんとあってただただ酒が飲みたいだけ。手を出さなければ何もしてこないドライアードに近い。おっさんのドライアードだ。

 

ただ生半可な正義感で、手を出すと痛い目にあう。俺もそういう経験がある。

 

あれは、暑い夏の日だった。

 

 会社帰りに同僚と冷麺を食いに行った。北新地にある冷麺専門店で、大阪の熱い夏にはぴったりで、結構美味かった。あまりにうまいもんだから、テンション上がってキムチも注文してそれもうまくて、トータル大満足して帰った。うまい食べ物はいつも元気をくれる。口臭は完全にキムチなんだけどそれも全く気にならないくらい元気だ。

 

地下鉄に乗ってなんばについて、地上へ上がるエスカレーターに乗っていたら何やら上が騒がしい。上を見てみると、どうやらステップが階段から平面に移行していく部分に誰かが倒れている。

 

上まで来て見てみるとおでこから血を流したおっさんが倒れていた。その周りには30代くらいの女性が数人いて、「大丈夫ですかー?」と声掛けをしていた。

 

気になってその場にいる女性に話を聞いてみるとどうやらエスカレーターでつまずいてそのまま倒れて気を失ったらしい。しかもこれは、ついさっきのことらしく私達も慌てて声をかけたんです。とのこと。

 

 これは一大事だ。とりあえずこのままだとおっさんがエスカレーターに吸い込まれて行きそうなので、周りの人と協力し近くの柱まで運ぶことにした。

 

おっさんは結構ナイスガイなおじさんで顔も真っ赤にして全然動かなかった。顔の赤さから結構お酒を呑んでたことが伺えた。 とにかく声をかけても反応しないのが結構ヤバそうだ。

 

運んだ人たちに協力を仰いで、駅員への連絡と声掛けを指示し、僕は救急車に連絡を入れた。救急センターの人に今いる場所とおじさんの年齢や容姿や状況を伝えた。電話は繋ぎっぱなしで、さっき声をかけた女性が連れてきた駅員にも事情を説明し、救急センターの人とも接続した。

 

一度電話を切り、状況を見守っていると突然おじさんが意識を取り戻した。

 

生きてた。

 

全員が安堵し、胸をなでおろした。

 

おっさんが言う。

 

「な~んの騒ぎですか?」

 

とんでもない事を言うなこいつ。

 

駅員が事情を説明して、今から救急車来るから病院行ってみてもらおうと説明する。

 

おっさんは言う。

 

「え?病院!?ダメダメ!!!部屋に帰るよ!」

 

は?どうやらおっさんは駅直結のホテルに泊まってるらしく、もう眠いから帰りたいみたいなことを言ってる。加えて、明日朝早いし、出張できてるから病院はちょっと…みたいなことも言ってる。明日早いのに呑みすぎだろおっさん。

 

そして駅員の制止を振り切り、ホテルに吸い込まれていくおっさん。

駅員は後は我々に任せてください!と言葉を残しておっさんを追いかけていった。

 

残された我々は、「おっさんマジ無敵っすね」みたいな会話をしてその場を後にした。過ぎ去っていく女性は少し苦い顔をしていた。

 

ふぅ。すごい体験をしたな。そんな気持ちだった。こういう人命に関わるみたいなシーンはなかなか経験することがないので、ちょっとだけ興奮していた。そういえば昔こういうシーンに出会ったことがあるがその時は周りの人がテキパキ行動していて、何もせずにその場を去ってしまったことを思い出した。

 

人助けではないが、困ってる人がいたらなるべく助けたほうが良いな。自分の中でそう納得させて明日からまた頑張るぞの気持ちで電車に乗った。

 

プシュッ

 

誰かのプルタブが気持ち良い音を鳴らした。

 

音のなる方向をみてみるとおっさんだ。またおっさんだ。今度は控えめに言って小汚いおっさんが、ストロングゼロを片手に、コンビニで売ってる串カツを食べていた。車内は混み合ってはないが席は全部埋まっていて、おっさんは立っていた。

 

とんでもないおっさんだな。と俺は思った。

 

見てて危なっかしいから席でも譲ってやろうかと思ったが、さすがに意味がわかんないからスマホでもみるか~とかばんを漁っていると何やら前が騒がしい。

 

なんだ今日は騒がしい日だなと視線を移すと、おっさんの前に座ってた女性がおっさんに文句を言っている。

 

「服が汚れるので電車内で食べるの止めてください。迷惑です。」

 

厳しめの口調で敬語を崩さない。真っ白なスカートを履いてて、持ってるかばんはビビアンだった。顔立ちがはっきりとした美人な人で、なんとなく結構稼いでそうだなと思った。

 

「すいません。聞いてますか?迷惑なので、辞めてください」

 

おっさんは聞こえてないのか、無視を決め込んでるのか全然反応しない。

 

「聞いてますか?」

 

女性が続ける。

 

「あの?止めてもらえません?」

 

全く反応しない。もしかしたら、その女性と俺にしかおっさんは見えてないんじゃないか?とすら思うくらい無反応だった。俺ならもう最初に注意された次点で心折れて次の駅で降りるし、食べ物も捨てるな。そう思うとこのおっさんは…

 

とんでもないおっさんだな!と俺は思った。

 

一方的なラリーが複数回続くととうとうおっさんがその口を開いた。

 

「んっだてめぇ???誰が迷惑してんだよこら!!!!」

 

とんでもないおっさんだな!!!!!!と俺は思った。

 

おっさんはやっぱり存在する生き物だったらしく、電車内の空気が一気にピリ付き始めた。さっきまで徹底的な黙秘権を行使していたおっさんは、水を得た魚のように女性に絡んでいく。

 

「ど~~~~こが!め~~~~いわくなんですか~~????」

 

「電車内で物を食べるのは非常識ですよ、止めてください。」

 

「な~に言っちゃってんの!誰も迷惑してないですよ???んん??」

 

「私が迷惑しています。止めてください。」

 

「あなただけが迷惑してるんですか?なら僕も今迷惑してますよ~~~?変な因縁つけられて!」

 

「え?………頭おかしいんじゃないですか?ソースや油がとんだらどうしてくれるんですか?クリーニング代払ってくれるんですか?」

 

「誰が頭おかしいんじゃボケエエエええええ!!!!!!!!」

 

 

とんでもないおっさんだな!!!!!!!!!!!!!!と俺は思った。

 

 

「ぜっっっっったいにこぼしませんよ~~~!だから迷惑じゃないですよ~~~!あなたこそ頭おかしいんじゃないですか~~????」

 

この異語尾を伸ばすタイプのおっさんは、女性の注意を全くもって聞き入れず、神経を逆なでするような返答を続ける。

 

おっさん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!と俺は思った。

 

お互い全く引かない口論は、激化していく。車内の空気はめちゃくちゃ悪い。そりゃそうだ。こんなやばいおっさんにできれば関わりたくない。誰もがそう思ってる。俺も思ってる。だが、そこで一つ思い出した。

 

「困ってる人がいたら助けよう」多分十分前くらいに決めたことだ。これ明日からとかじゃだめですかね?誰に言うわけでもないのに心のなかでこの場を回避する理由を探す。いや、だめだ。ここで逃げじゃだめだ…逃げちゃだめだ…

 

決心した俺は、喧嘩の仲裁に入ることにした。

 

どうやって声をかけるかを考えたがこれはすんなりと決まった。こういう時のまず逆上させてはいけないので、怒鳴ったり、お前が悪い!といったような正義を振りかざすのではなく、とにかく落ち着かせるのが一番だと判断した。といっても、おっさんは悪くないんだよと加勢してしまうとおかしな雰囲気になるので、できれば振り上げた拳の持っていくところを見つけてあげたい。

 

そうだな、酒のせいにしよう。「今日は呑みすぎですよ。」これだ。これがいい。

 

といってもいきなり「呑みすぎですよ。」声掛けるのも意味がわからない。あと、この場を注意する意味でももう一声ほしい。となると必然的に「もう止めときましょう。」がいいだろう。

 

「もう止めときましょう。今日は呑みすぎですよ」

これを言われた日には、おっさんももう俺のことは小料理屋の美人女将にしか見えないだろう。しゅんとして「ああ、今日はちょっと呑みすぎちまったな。すまんな。若いの。」てな具合で収まるに違いない。

 

 

あと、呼称についても吟味したい。どうみてもおっさんだから、おっさんと呼びたいのはやまやまなんだけど、さすがに小料理屋の美人女将はどんなけ汚いおっさんでもおっさん呼ばわりすることはないと思う。となるとおじさん?いやこれも違う。

 

「お父さん」

 

それだ!これがいい。お父さんと呼ばれたら一瞬家族の顔もちらつくだろう。

 

「お父さん。もう止めときましょう。今日は呑み過ぎですよ」

 

完璧だ。小料理屋の美人女将と家族。風神雷神だ。まさに盤石の布陣だ。

 

ねんがんの完璧なフレーズを手に入れたぞ!

 

てな具合で勇気を振り絞って二人に割って入り、おっさんに声をかけた。

 

「お父さん。もう止めときましょう。今日は呑み過ぎですよ」

 

「ああああん???だれだてめぇ?」

 

おお、おもてたんと違う。もしかしたら聞こえてなかったのかもしれない。次はおっさんの肩に手を置いてもう一回キラーチューンをかます

 

「お父さん。もう止めときましょう。今日は呑み過ぎですよ」

 

「てめえには関係ないだろうが!?やんのか?あああん?」

 

 

おっさん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!と俺は思った。

 

 

やばいおっさんに声をかけてしまった。後悔した。ただもう今更引けない。もうさっきまで座っていた席には戻れない。てかみたらもう別の人が座っている。どういう神経してんだてめぇ!

 

とりあえず今は目の前のおっさんをどうにかしないといけない。三度あのフレーズをかける。

 

「いや、お父さん。もう止めときましょう。今日は呑み過ぎですよ。女性も迷惑されてるみたいですし」

 

「だからなんだってんだよ!関係ねぇだろう!あ?ん…てめぇ口くせぇな

 

時間の概念が歪んだ。いや、そんなことはないんだけど歪んだ。車内の空気がめちゃくちゃ変な空気になった。

 

キムチだ。さっき食べたキムチのせいだ!俺は自分に言い聞かせる。

 

「気が強そうな美女が注意したおっさんはとてつもなくやばい異常者で、止めに入った男はとんでもなく口が臭かった件について」

 

一冊も売れそうにないラノベみたいだ。

 

結局、おっさんは俺が呼んできた駅員によって途中下車を余儀なくされたが、この事件はあまりにも俺の心に傷を負わせた。それでも、女性は降りる手前に改めてお礼を行ってくれたのが心の救いだった。素敵な人だった。

 

生半可な正義は痛い目を見る。とにかく電車で酒飲んでるやつはだいたいやばい。

 

気をつけろ!

 

 

fin